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親しいからこそ、相手を自己中心的に傷つけやすい(書籍『伝え方が9割』2)

ある夫婦の話。
会社から疲れて帰ってきた夫が妻にいった。
ハラへった。飯
妻はブチ切れた。
あーあ。

鬼になった視点蝶

こんにちは、視点蝶です。

最近、食事は2食。
朝遅くに起き、夜遅くに寝るせいで、もう1食を食べるタイミングを失っているわ。
朝型の生活が、どんどん時間がズレて、ズレて夜型に。
残念なことに、さらにズレて夜型が朝型になることはないのよね。
人もそうかしら。

そんなわけで、今回も「お願い」について。
連作中。

前回までのあらすじ

書籍『伝え方が9割』から、人に何かをお願いする行為は「全て自己中心」と気づく。
どんなレベルの「お願い」も、どんなに丁寧に言い方を変えても自己中心。
人は生きてる間、ずっと人にお願いをして生きていくので、伝え方には注意が必要。

詳しくは始まりの記事をどうぞ
www.honsitukan.com

慣れ合いの関係での、お願いの怖さ

家族、友人、恋人、夫婦、仲間など、「親しい仲でのお願い」は特に気をつけないといけないわ。

親しい仲だと特に言葉を選ばず、不用心にお願いをしてしまう。
「~お願い」「~やってくれない」とか、気軽にお願いする。
お願いした方は、「たいしたことじゃないから、またはいつもやってくれるから、相手はやってくれるだろう」と無条件に思い込んでいたりするのよね。
親しければ親しいほど、人はそんなことを思う。

夫婦を、例にとってみるわ。
妻に対して、夫が「ハラへった。飯」というセリフ。
奥さんに対して、そういう言葉を吐いてしまうことがある。
慣れ合いの関係で、相手はやってくれるだろうと思い込んでいる夫。

新婚ホヤホヤの「愛が盛り上がっている時」なら、そんな自己中心的なお願いは気にならないかもしれない。
二人は愛し合っているのだから。
妻は相手のためにしてあげたいと思うし、幸せいっぱいだし、そんな言葉は自己中心的にも聞こえない。

しかし、ふと「愛の盛り上がりが落ち着いた時」に聞くその言葉は、妻にとってものすごく自己中心的に響く言葉になる。
そして、奥さんはその夫の自己中心的な言動にイラっとし、ブチ切れるわ。
今まで「愛の力」で自己中心のお願いは隠れていたが、愛の力が弱まれば、おおいかぶさっていたものがめくれ、自己中心という顔がコンニチワとあらわれる。

夫のほうは急にキレられて、「えっ、どうしたの?何怒ってるの?いつも言ってることじゃない」と妻が何を怒っているのかがわからないという始末。
ポカーン状態。

ここで不思議なのは、奥さんも前から同じように言われやってきたせいで、何にイラッとしてるのか、わからなくなるんじゃないかしら。

アレ?前から同じように言われてるよね?でもなんかイラッとする。でもなんで私がやるの?たしかに主婦だけど…言い方が悪いのよ!もっと丁寧にいいなさいよ!でも前はそんなふうに思わなかった?嫌いになってきてる?いやいや、たまにはあなたが作りなさいよ!」とか。

このわけのわからない気持ちに、さらにイラッとするのかも。
お互いパニック。どこかの不思議の国に迷いこんだ。

いつの間にか、相手がなかったことになる

馴れ合いの自己中心でマズイのは「相手がなかったことになっている」ということ。
「自分の欲求を満たすためなら、あなたの気持ちなんてどうでもいい。また別にあなたでなくても誰でもいい」ということ。
つまり、知らないうちに「相手の存在を否定する」ことになるわ。

先の例の「ハラへった。飯」をいいかえると、

俺が飯を食いたいのだから、お前は俺の欲求を満たすために働けよ。
お前が今どう思っているかはどうでもいい。とにかく俺は今飯がくいたんだ。
俺は飯が食いたいんだ。作るのは別にお前じゃなくてもいいけどな。

というふうに解釈されて、相手に聞こえてしまうから怖い。

そりゃあ妻も「私はあなたの何なのよ!」「あなたの家政婦じゃないのよ!」「あなたの母親じゃないのよ!」とか言いたくもなるわよね。

親しいからこそ、相手がいることが当たり前になる。
当たり前になり、空気のようになり、いなくなってしまうことになるのが怖い。
そして親しいからこそ、不用心な自己中心的な発言が、より相手を深く傷つける。
それが続くと、本当に夫のそばからいなくなることもあるわね。

夫婦がよく揉める原因には、実はこういったことがあるわ。
そして離婚の原因も、このことがけっこう大きく隠れていると思う。
離婚の原因に、性格や価値観の不一致が多いとかいうけど、性格がどうのこうのでなく、自己中心がどうのこうのという話だけなのかもしれないわね。

物事は複雑なようで、変なところで「単純」だったりするし。

相手を認めることは、ずっと続く

親しき仲にも礼儀あり。

最初に優しくすれば、後はどうでもいいというというわけじゃないわ。
うっかり相手が空気になって、いなくなってしまわないように注意しないと。
そのためには自己中心的な伝え方に気をつけ、相手の存在を認め、それを続けることを忘れないことね。ずっと。

相手にお願いする時に伝え方を改善するのもよいし、先の例だと普段から「美味しいよ」とか「いつも作ってくれてありがとう」とか感謝をのべることでもよいわ。

『伝え方が9割』の本のテクニック風でいうと、「君のせいで僕は不幸だ。外食してもぜんぜん美味しいと感じないんだ。君の料理しか美味しいって感じない。君なしじゃあ僕は生きていけない。こんな僕にした責任とってくれよ!」とか伝えたり?

要は「君がいるから僕は幸せだ。君が幸せだと僕も幸せだ」ということが、伝わらない期間が長く続くと、関係はもろく崩れるということね。

まとめ

簡単にまとめると。

親しいからこそ、不用心に、自己中心的に伝えてしまう。
時には、相手の存在を無くしてしまう。
そして自己中心によって、揉める。

親しい仲、慣れ合いの関係だからこそ何をお願いしてもいいというわけじゃなく、親しいからこそ特に注意しないといけないわ。

結局のところは「人は、自己中心的な人は嫌い」なのよね。
それは他人であれ、長年一緒にいた親しい人間であれ、誰であれ。
そこを忘れずに妻に「ハラへった。飯」という時は気をつけたほうがよいと思うわ。

妻への伝え方の工夫として、愛を忘れないために『伝え方が9割』の本で伝える技術を学んでみてはどうかしら。
愛を伝えるのに、終わりはないわ。愛は永遠(微笑)

それでは次回も「お願い」について。
夢みる少女じゃいられない(仮)」です。

伝え方が9割

伝え方が9割

 

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