本質感

世の中の出来事や日常をモチーフに、「セカイの本質」を考えみつける思考ブログ。物語とユーモアをまじえ、「あらたな視点」をあなたに

人に頼ることのできない人は、幸せにはなれない(書籍『伝え方が9割』4)

ある少女のお話。
わ……わた…し…を……た……たす…け…て
彼女は涙しながら、しぼりだすように静かな声で叫んだ。
僕は嬉しかった。

深海に沈む視点蝶

こんにちは、視点蝶です。

年末というのは、いつもバタバタするわよね。
やることがたくさん。
計画的にやればいいのだけど、計画をたてるのは苦手。
で、バタバタバタバタ。そして、年始になってもまだバタバタ。
鳥はさっさとバタバタ飛んでいったのにね。

さて、上手いことをいいつつ、お願いシリーズ最終回!
そして、今回も「お願い」について。

初回のあらすじ

書籍『伝え方が9割』から、人に何かをお願いする行為は「全て自己中心」と気づく。
どんなレベルの「お願い」も、どんなに丁寧に言い方を変えても自己中心。
人は生きてる間、ずっと人にお願いをして生きていくので、伝え方には注意が必要。

詳しくは始まりの記事をどうぞ

www.honsitukan.com

人に頼ることのできない人

世の中には人に頼ること、「お願いができない人」がいるわ。

何か人の助けをかりたいと思っても、お願いをするのが下手でお願いがうまくいかない人。
何とか伝えようとするのだけど、下手で相手にうまく伝わらない。
時には伝え方が変で、相手に反感をかい、嫌われることも。

または、そもそも人に助けをかりようと思っていない、「お願いしない人」もいるわ。
何かあっても誰かを頼るなんて考えいない。自分1人でなんとかする。
人には迷惑かけない、自分の責任だからと。

そういう人達がいる。
そして、そういう人たちは生きていくのが大変となるわ。

人は1人では生きていけない

どこかで何度も聞いたような陳腐な言葉だけど、あえていう。
むしろ、今の時代だからいうわ。

人は1人では生きていけない

「お願い」ができないということは、単純に困っている時に助けをもらえないということ。
人生は、いろんな困った問題の連続。それを乗り越えないといけない。
それを1人で乗り越えるのは、すっごく大変なこと。

時には「」に直結することだってあるわ。
年配の人が餓死して亡くなるといったケースもそうだし、イジメなんかもそう。
そのような1人では戦えないケースだって、時には起ってしまう。
そんな時に、お願いできないと苦しい。1人は、つらいわ。

ふつう人は、いろんな場面で助けをもらっている。
親だったり、友人だったり、先生だったり、パートナーだったり、近所の人だったり、仕事の先輩だったり、専門家だったり、知らない誰かだったりいろいろ。
どんな人でも、知らないこと、わからないこと、困ったことを自然と相談し問題を解決している。
自分では、お願いしているつもりはなくても、自然とそうしてたりする。助けをかりてるのよね。

また、人はそういう助けがあるから、世の中、セカイを知る、学ぶ
子供の時から大人になるまで、また大人になったから。
世の中を知り、世の中での生き方を学び、世の中の喜びや悲しみを知り、そして人として成長していく。
1人だけでは、そういうことはできない。限界があるわね。

なので、お願いをして助けをかりることは、人生にとってもとっても大事なこと。

なぜ、お願いができないのか?

もちろん、お願いができない人には、お願いができない原因がある。
いくつかのケースを考えてみるわね。

(原因1)育った環境

まず人生の始まりで、「」がお願いを聞いてくれない。

ダメ親で、そもそも子供のお願いを聞かないという場合があるわ。
または、教育の一貫で「人に頼らず、自分の力でなんとかしろ!」という親もいる。
他には、共働きなどで状況的に我慢をしいられ、お願いすることを、遠慮するクセがつくことも。

しかし、そうではない普通そうな親でも、時にはお願いを聞いていないケースもあるのが厄介ね。
単純に子供が自分の話を聞いてほしいのに、話を「共感」して聞いてくれないという場合も。
そういう場合も、お願いが拒否されたと感じるわ。

(原因2)トラウマ

成長途中で、お願いが強く拒否されたことがショックで、お願いすることをやめるトラウマケースもあるわね。

学生時代に、友人にお願いして強く拒否られ、嫌われたとか。
または愛の告白(お願い)で、振られたショックでトラウマをかかえるケースもあるのかしら?

(原因3)伝え方が下手

伝え方というのは技術
なので、技術である以上、人によって習得に差がでるわ。

自然に習得する人もいれば、きちんと教えないと習得できない人もいる。
なので、誰の助けもなく下手なまま大人になるケースもよくある。
そうするとお願いも難しいわね。

(原因4)日本人の文化

日本は、特に「人にお願いしない文化」をもっている。

人に頼らず、自分の力だけで、責任をもって生きろ!」とか。
人様に迷惑かけるな!それは人として恥だ!」とか。

それは表面的には正しそうな言葉だけど、本質的には正しくないわね。
一部分だけあっているという感じ。
本質をとらえず、安易な言葉として広まったせいで、間違った解釈がされているわ。

そして、その社会の風潮がお願いをとどまらせてしまう。
お願いをしない人を作ってしまう。
特に、年配の方の世代は多いのかしらね?でも、今の子供も多いんじゃないかしら。

人にお願いをすることは大切

そのようなケースのどれかで、またいくつかのケースが混ざって、お願いしない人が生まれるわ。
そうなってしまった人が、お願いできるようになるにはどうすればいいのかしら?

まず、お願いは「伝え方という技術」なので、本なり人の教えで学習し、技術として身につけることができる。
努力と学習環境さえ整えば、十分クリアできるわ。

しかし、そうはいっても一番やっかいなのは「心の壁」ね。
お願いできない人は、「お願いしない理由」を強く、かたくなに持っている。
ゴリゴリのガリガリに。人によっては、もう鉄壁の壁。

壁として、よく引っかかるのは「お願いすることは自己中心にみえる」ということかしらね。
人からそう見られるのが嫌という恥の感情。
さらに「お願いすると、人に迷惑をかけてしまう」というのもあるわ。
それも結局は、自己中心的に振る舞って、相手に迷惑かけたくないというもの。
その心がけはいいのだけど、過剰になると不味いわね。

とにかくその心の壁を取り払う、お願いすることの大切さを理解する必要があるわ。
「お願いしてもいいんだ!」と思わないといけない。

自己中心なのは自然なこと

そもそも、人が生物が自己中心なのは当たり前のことだわ。

生きている以上、自己中心の連続。だから、自己中心でない人はいない。
どんなに他人に迷惑かけずに一生を生きようとしても、人である以上自己中心ね。
もし自分はそうでないという人がいるなら、「何いってるの?」といいたいわ。

そもそも「生きたい!」と思うことすら自己中心な願いといえる。
そして「幸せになりたい!」と思うのも、自己中心。
でもそれを思うことは自然なことで、誰も否定はできない。

自らの自然な想いを、気持ちを抑え込むなんて馬鹿げているかしら。

自分は一人で生きてると思ってる

また「誰にも頼らない」というのは、いいかえると「自分は世の中で一人で生きてる」と思っているのと同じだわ。

それはある意味、おごかましい考え方。
一人で生きることなんてできるわけ無いのに、一人で生きてるなんて思うなんて、随分ずうずうしい。
どこかで人は誰かの助けをかりてる。

逆にそういうことを言うのは、まわりをよく見てない、身近な人を、社会を、セカイを。
よく見てないからそんなこと言えるともいえるわね。
むしろ、その方が恥ずかしいわ(ポッ)。

お願いをどんどん

そして、大事なのは「人は誰かのお願いをきかないと生きていけない」ということ。

それは人が生きる上で、必要な要素の一つ。
みんなが誰にもお願いしない、頼らない世界を想像してみる。
そうなると人は生きていけない。きっと人類は滅亡するわね。

だから人類が生きる上でも、お願いされることが必要不可欠となる。需要と供給みたく。
なので、むしろ人のために、どんどん人に頼ることが大事。
需要を発進することが(日本人は特に需要を発信すべきね)。

どんどんお願いして、どんどん人のお願いを叶える!どんどんどんどん!

お願いするが恥ずかしいなら、その分どんどん人のお願いをかなえる。なら、問題ない。
なら、いくらわがままいっても、人に頼ってもいいわ。誰も文句はいえない。
そうすると経済でお金がまわるように、人の想いもまわる。
そして「幸せ成長率」も伸びていく。

みんなもっと、わがままに叫ぶべきだわ。小さい子供のように。
地べたに転がって、両手両足をバタバタさせ「かってー!かってー!かってー!」と。
そして助けを求めたい時も、「助けて!助けて!助けてよー!」と。
みっともなく叫ぶべきだわ。
そして、そういう人をみたら温かい目でみてあげてね(微笑)

ちなみに、いつも自分は何もせず、人に頼るだけの人は論外ですけど。

まとめ

世の中には人に頼ること、お願いができない・しない人がいる
そういう人は上手く生きていけない、幸せになれない
どんどん人にお願いして、どんどん人のお願いを叶え、みんなでどんどん幸せになろう

お願いをしない人というと、ふと、ある女性を思うわ。

人あたりもいいし、頭もいいし、とても強そうな独身の女性。
彼女はいろんな人に慕われていたし、仕事も順調。
そして困ったらみんな彼女に相談して、とても頼りになる人だったわ。

でも、彼女は突然亡くなった。

彼女の死は、誰にも理解できなかった。
そこで思ったわ。
彼女はいろんな人を幸せにしたけど、彼女自身は本当に幸せだったのかなと。
彼女は「自分の願い」を誰かに話したことがあったのかなと…

…という妄想。
そんな人もいるかもしれないですね。

お願いシリーズの総括

4回に分けて「お願い」について、「自己中心」について考えてきました。

簡単にまとめると。
人は自己中心的になりやすいので、相手をおもいやることを忘れてはいけない。
しかし、自己中心になるのがまったくダメでなく、自己中心だからこそ夢を願ったり、イキイキとした毎日を送れたりしてる。自己中心だからこそ幸せに生きている。

まあ、「自己中心」と「相手へのおもいやり」のバランスですね。
一番シンプルなのは「みんなで幸せになろう!」という考え方。
相手が幸せになり、自分も幸せになると。
どんどん自分が幸せになり、どんどん相手も幸せにする。どんどんどんどん。
わがままいっていいけど、相手のわがままもどんどん聞くと。

そう考えると「みんなで幸せになろう!」と思うことが、本来の自己中心なのかもしれないわね。すると宇宙の誰かがいうのね。
「何いってんだよ!お前ら自己中心だよ!」と(笑)

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(1)書籍『伝え方が9割』 「お願い」は全て自己中心的だ
(2)書籍『伝え方が9割』 親しいからこそ、相手を自己中心的に傷つけやすい
(3)書籍『伝え方が9割』 「夢を願う」ことは自己中心でしかない
(4)書籍『伝え方が9割』 人に頼ることのできない人は、幸せにはなれない